塩屋天体観測所東経135度子午線を訪ねて
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天文経緯度と測地経緯度

地球の形と準拠楕円体

 「地球は丸い」とよく言われますが、正確には球形をしているわけでなく、赤道付近が少し膨らんだ回転楕円体に近い形をしています。2001年度の「天文年鑑」によると、極半径が6,356,755m、赤道半径が6,378,140m、桁数が多いのでピンときにくいですが、赤道半径の方が21,385m、実に21km強も出っ張っているのです。

 また表面もツルツルなわけでなく、実際の地表には山や谷といった起伏があります。一番高い出っ張りはネパールと中国の国境にあるチョモランマ/サガルマタ(エベレスト)で海抜8,848m、一番へっこんだ場所はマリアナ海溝のチャレンジャー海淵で海面下-10,924m。それ以外の地表も絶えず起伏を繰り返し、複雑な様相を呈しています。

 地球の形を示すのに使われる代表的な形が、「ジオイド」です。地球の表面のうち海面は約70%を占めていますが、波や潮の満ち引きの影響を取り除くと、きわめて凸凹のないなめらかな面となります。陸地にもこれを延長して地球を包み込んだ形を想定し、これを地球の平均的な形と考えたのがジオイドです。あまり聞き慣れない言葉ですが、普段使っている山の高さなどの標高(海抜)は、海水面の延長であるジオイド面からの高さということができます。

ジオイドと準拠楕円体の関係 ところがこのジオイドも、細かく見ると細かい凹凸がたくさんあります。地形の影響を受けたり、地球の内部の密度が一定でないために、場所によって重力の強さが違うことがその原因です。そのため地球上の場所を示すのには、ジオイドを使うのではまだ不便が残ります。

 実際に経緯度を表すのに使っているのは、ジオイドにきわめて近い形に決められた回転楕円体です。これに経緯度の原点を定め、方位付けを行うと、他の地点でも回転楕円体上での経緯度を測ることができます。こうして位置づけされた楕円体を「準拠楕円体」と呼んでいます。普段地形図で使われている経緯度は、この準拠楕円体に基づいたものなのです。

天文測量

クロノメーター

クロノメーター
明石の子午線観測に使用されたと言われているもの(明石市立天文科学館蔵)

 経度と緯度を測るのに、昔から用いられてきたのが天文測量です。

 経度については、太陽や恒星が観測地点を通過した時刻と、グリニッジ天文台を通過した時刻の時間差から算出できます。24時間が360度で、1時間が15度に相当しますが、時間1秒のずれが経度15秒ものずれになり、きわめて正確な時刻の測定が要求されます。クオーツのような精密時計が出回っている現在ならともかく、ゼンマイ式の時計しかなかった時代にはとても大変なことで、クロノメーターと呼ばれる特別に正確な時計が用いられました。

 日本でも旧東京天文台(現在の国立天文台)で繰り返し経度の測定を行ってきましたが、グリニッジから出される時報を、地球東回りと西回りの電信を両方受信して補正しながら使うなど、相当苦心していたようです。

 緯度については観測地点から見た天の北極の高度角で測定できます。北極星はほぼ天の北極にあるので、およその緯度なら北極星の高度を測定することで推定できます。実際は北極星も天の北極から約0.7度離れているので、いくつかの恒星の位置を測定しながら、正確な緯度を決めていきます。

日本測地系

 実際に地図を作製する場合、三角測量でその場その場の位置を求めていきます。三角測量というのは、三角形の一辺の長さとその両端の角度が分かると、残りの辺の長さも判明する、という原理で測量を行っていくものです。天文測量では観測地点の経緯度しか分かりませんが、三角測量では測量地点同士の距離と方位角を知ることができます。しかし、これをジオイドのような凸凹面で行うと、煩雑で実用的ではありません。そこで先程述べたように、地球が回転楕円体の形をしていると仮定して、楕円体の表面に測量結果を記していく形で地図作製を進めていきます。

 かつての日本では「ベッセル楕円体」と呼ばれる回転楕円体を準拠楕円体に採用し、東京都港区麻布台2-18-1の旧東京天文台跡に経緯度原点を定めました。経緯度原点では天文測量によって正確な経緯度を定め、残りの地点では三角測量の成果を利用しながら、準拠楕円体上での経緯度を求めていくのです。この日本独自の測地座標系は、2002年3月末まで使用されてきました(日本測地系)。

 ただ、準拠楕円体がいかに地球に近似した形になっているとはいえ、実際の地表面やジオイド面とは少しずつ差が残っています。このため原点では天文測量と一致している準拠楕円体上の経緯度も、原点以外の場所では少しずつずれを生じていきます。

 天文測量での東経135度子午線上に建っている明石市立天文科学館が、国土地理院発行の地形図上では日本測地系の東経135度子午線より東に約370mずれているのも、原理的にはこの差が原因となっています。

世界測地系

 1957年に初の人工衛星が打ち上げられて以来、測量の世界でも宇宙測地技術が発達し、現在では全地球規模で高い精度の測量が可能になりました。このような測量では地球の重心を原点に据え、より忠実に地球の形を設定し、世界共通の基準で地理情報を利用できるように定めています。この測地座標系を「世界測地系」と呼んでいます。

 身近なところではカーナビでおなじみのGPS(汎地球測位システム)も、この成果を利用しています。GPSは船舶や航空でも幅広く利用され、自国の測地系にも世界測地系を導入する国々が次第に増えてきました。

日本測地系と世界測地系のずれ

ベッセル楕円体とGRS80地球楕円体
(数値は「日本の測地座標系」
国土地理院ホームページより抜粋)
回転楕円体 長半径 扁平率の逆数
ベッセル楕円体(1841年) 6,377,397.155m 1/299.152813
GRS80地球楕円体(1980年) 6,378,137m 1/298.257222101

 日本測地系は長い歴史を持つものですが、当時は正確と思われていた準拠楕円体や経緯度原点の位置も、現在の水準から見ると多少のずれがあることが明らかになってきました。

 準拠楕円体として採用されていた「ベッセル楕円体」も、現在科学的に最も確かな値として世界測地系で採用している「GRS80地球楕円体」と比較すると、表のような違いがあります。

 もう一つの違いは原点の違いで、日本測地系の準拠楕円体は天文測量によって求めた旧東京天文台の位置を原点として定めたのに対し、世界測地系は地球の重心を中心として原点としています。結果的に日本測地系のベッセル楕円体の中心位置は地球重心からずれており、国土地理院によるとその差は地球重心から緯度・経度0の方向に-146.414m、地球重心から緯度0・経度90度の方向に+507.337m、地球重心から北極方向に+680.507mとなっています。

日本測地系と世界測地系と地球の形の関係 またその後の地震や火山活動といった地殻変動も加わり、日本測地系内部でのひずみも出てきており、東京から見て、北海道で約9m、九州で約4mのずれがあることもわかってきました。

 日本測地系による日本経緯度原点の経緯度を、世界測地系によるものに換算した場合、緯度で約+12秒角、経度で約-12秒角の違いがあります。これを地図に直すと、およその北西方向に約464m移動することになります。日本全体では場所による違いがありますが、北西方向に約400〜500m程度移動します。

 念のために書いておきますが、移動するといっても基準となるモノサシが代わった結果、見かけの位置が変わるだけで、もちろん土地そのものが動くわけではありません。

 船舶や航空の世界では既にGPSが導入されていますが、日本測地系と世界測地系の間にこれだけのずれがありますので、世界測地系に基づいた経緯度を日本測地系の地図で照らし合わせると、自分の居場所を間違えてしまいます。一歩間違えると大事故を招きかねないので、日本でも世界測地系への移行が議論されてきました。その結果、2001年度の通常国会で測量法が改正され、2002年4月より日本測地系に代わり、世界測地系が採用されています。

天文経緯度と測地経緯度

 天文測量によって求められる経緯度を天文経緯度と呼び、日本測地系や世界測地系に基づいて定めた測地経緯度と区別しています。繰り返しになりますが、天文経度は天体が観測地の子午線を通過した時刻とグリニッジ天文台の子午線を通過した時刻の時間差から算出、天文緯度については観測地点から見た天の北極の高度角から測定しています。

 天体通過時刻を知るための子午線、緯度を測るための高度角とも、測定するための基準線が必要です。この基準線には、おもりをつけたひもをぶら下げたものを利用してきました。ひもは地球の重力に引かれて地球の中心方向を指しますから、反対側に延ばせば天頂を指し、またその地点の水平面とも垂直をなしています。この基準線を鉛直線と呼んでいます。昔はおもりに鉛を使っていたのでしょう。

 ところが、実際の地球には巨大な山脈もあれば大きな谷もあり、地下にも重い物質の固まりがあれば軽い物質の場所もあります。このため鉛直線は、付近の大きな地形や地下の密度の影響を受けて、正確には地球の中心を示さず、質量の大きい側にわずかに傾いています。これを「鉛直線偏差」と呼んでいます。

準拠楕円体とジオイドのズレ 先にジオイドに凹凸ができる原因を、地形の影響や地球の内部の密度が一定でないためと説明しましたが、鉛直線偏差とジオイドの凹凸は実は同じものです。左図のジオイドに対する垂線が鉛直線で、準拠楕円体の法線との差が鉛直線偏差ということになります。

 日本測地系の準拠楕円体が世界測地系に対してずれていたのは、経緯度原点となった旧東京天文台の鉛直線偏差が比較的大きい値だったのが大きな要因でした。

 測地経緯度では、準拠楕円体上での経緯度を求めます。世界測地系の準拠楕円体の中心は地球の重心にきわめて一致するよう定められていますが、天文経緯度と測地経緯度の間には、結果的に鉛直線偏差分だけの差が生じることになります。

 明石市での東経135度子午線を例に取ると、天文経度の東経135度子午線は世界測地系の東経135度子午線より、約120m東に位置しています。

 天文経緯度と測地経緯度、ともに地球上の位置を示すための座標系ですが、これまで述べてきたように、測り方の基準が違うために差があるもので、どちらが正しくてどちらかが間違っているというものではありません。地球のナマの形と天体の相関関係で定めたのが天文経緯度、幾何学的に地球をとらえて定めたものが測地経緯度ということができるでしょうか。

【参考資料】
『明石市立天文科学館の40年』,明石市立天文科学館編(2000)
『天文年鑑 二〇〇一年度版』,天文年鑑編集委員会編(誠文堂新光社・2000)
我が国の測地基準系の改訂について」,日本学術会議測地学研究連絡委員会(1998)
我が国の測地基準系の世界測地系に基づく再構築(提言)」,日本測地学会評議会(1998)
「測地成果2000」国土地理院ホームページ
「日本の測地座標系」国土地理院ホームページ

(2001.10.1記 2002.3.22写真追補 2003.3.25改訂)

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