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観測所雑記帳 Dec.2001
満月風呂 2001年12月1日
東側に小さな窓がある我が家の風呂。
やたらと窓が明るいのでちょっと開けてみたら、まばゆいばかりの月明かりが差し込んできた。
今日は満月。……て朝の6時少し前が満月だったので正確には昨晩が満月なのだが、この際細かいことは気にしない。
窓を開けたまま、月夜の下での温泉気分と相成った。
……と、ここまでは幸せだったのだが、湯船から出た途端、風呂場の空気が冷え切っていて、いや、ちょっとこれは猿知恵だったと反省(^^;
ま、気持ちよかったからよしとするか。
しし群の余韻 2001年12月2日
明石市立天文科学館でしし群の写真を展示しているというので、見学に行く。
なにせあれだけの大出現、遠征して撮影したものは空の締まりが際だっているが、神戸市内や明石市内で撮影されたものも流星の写り具合は負けていない。井上さん撮影のI.I.利用のビデオ画像も流れていて、数十秒に一個は確実に画面を流星が横切るので、これも見ていて飽きない。
プラネタリウムを見終えたあと、4階に行ったら件の井上さんが当番で、しし群の話で盛り上がって、交代の北本さんが来るまで話し込んでしまった。だけでなく、その北本さんとも盛り上がってしまい、結局1時間半近くしし群の話をしていたことになる。
そりゃあれだけの大出現。星好き同士なら話が尽きるわけがない。もっともおかげでこのあとえらい目にあってしまったのだが……
NTT六甲天文通信館 2001年12月2日
紅葉狩りがてらに摩耶山へ行く。ちょっと時期が遅いかとも思ったのだが、山麓側なら少しは残っているかと期待……は見事に裏切られ、すっかり落葉した山を見る羽目になった。ま、冬の木漏れ日を楽しみながら落ち葉の道を踏みしめるのも、それはそれで悪くない。
困ってしまったのは摩耶山から六甲山への連絡バス。夏期なら17時台、冬期でも16時台まで運行があるはずなのだが、12月1日から10日まで、臨時ダイヤで14時台で運転終了なのだという。「どうにかして行く方法ないですかねぇ」とロープウェーの駅で聞いたら「歩いて2時間くらいですね」とのこと。平気でこんな答えが返ってくるとは、さすがハイカーの山である。ただしこのとき時間は15:40。2時間経ったら17:40で、とっぷり日が暮れている。なにせ日没の時間は午前中に明石のプラネタリウムで確認したばかりだ。多少暖かい格好をしているとはいえ、暗い山道を歩く準備はしていない。困ったものだ。
「まぁ途中でヒッチハイクしてもいいか」と開き直って、六甲山への道を歩き始める。もっとも以前にも歩いた経験のある道で、(なぜか)登山用の地図も持っていたからで、初めてだったらそんなことはしなかっただろう。結局1時間半ほど、まだ薄明が残っているうちに凌雲台にたどり着くことができた。
最初の予定では夕方のうちに六甲ケーブルで下山するつもりだったのだが、この際なので、六甲天文通信館に寄って望遠鏡を覗かせてもらうことにした。ここには以前昼間に寄ったことがあるのだが、曇っていてドームは閉鎖、双眼鏡で景色だけ見て通り過ぎただけだった。ドームの中には50cm反射望遠鏡があり、これが稼働していれば、自己最大口径観望記録の更新となる(今までは明石市立天文科学館の40cm反射)。残念ながらこの日は15cm屈折だけ使っての観望だったが、それでもペンタックスの150EDで、めったに拝める望遠鏡ではない。
昇りたてで大気に揺らめく土星を見て、その後はリクエストでM31を見せてもらった。望遠鏡を動かしていたのは神戸大の天文研の学生で、「自動導入に誤差があるんですよ、おまけにファインダーも合ってなくて……」と相当苦労しながらの導入。そのうち彼の方が夢中になって、いろんな倍率を試しながら、観望させてくれた。下からドームに電話がかかってきても「もう少しやらせてください」とのサービスぶり(!?)で、一緒に居合わせたお客さん共々ちょっとラッキーだったかもしれない。
ここからの夜景も実にきれいだったのだが、ちょっと見ていると飽きが来てしまうもので、地上の光に埋もれていても、やっぱり本物の星空にはかなわないなぁ、と改めて思った。
C/2000WM1 リニア彗星 2001年12月6日
C/2001 A2リニア彗星以来の肉眼彗星となっているC/2000
WM1リニア彗星。しばらく月明かりで見えなかったが、12月4日頃より再び観望好機に。
12月5日は曇りで、12月6日に再度の挑戦となった。アストロアーツのホームページによると5等級まで増光しているとのことで、それなら星図なしでも見つけられるだろう、と思ったのが甘く、双眼鏡だけ首からぶら下げて外に出て、寒い思いだけして引き返すことに。再び星図を持ち出して位置を確認しながら探したら、薄くボーっとした姿を視野の中にとらえることができた。
10cm屈折ならさらにくっきり見ることができ、なんとはなしに北の方向に尾が見える……ような気もするのだが、これは先入観のせいかもしれない。周辺の星と比較して光度を調べると、どうも6等台の半ばといったところで、5等はないようだ。郊外地の空の明るさが影響しているのかもしれない。
そのまま鏡筒の向きを変え、M42を見たら、これがまた見違えるほどの美しい姿。見えるか見えないかの彗星をずーっと見ていたので、見慣れていたはずの天体なのにちょっとびっくりしてしまった。
C/2000WM1 続・リニア彗星 2001年12月7日
くじら座β星デネブ・カイトスに接近とのことで、少しは見やすいかと思ったC/2000WM1
リニア彗星だが、見え具合は昨日と一緒。一日しか間がないので、バーストでも起こしていない限り、当たり前といえば当たり前なのだが……雲間からの観望だった昨日に比べて、空の透明度が良く期待していただけにちょっと残念。20〜21時頃に南中しているので、それでもしばらくは楽しめそうだけど。
初カノープス 2001年12月8日
7日の昼間から、地平線近くまで透明度が良かったので、今晩はカノープスが見えるかもしれないと思っていた。
垂水区塩屋町では、カノープスの南中高度は2度69分。東京などに比べると1度ほど高く、南が大阪湾で見通しがいいので条件は恵まれているのだが、いざ見ようと思うとやはり一筋縄ではいかない。まず地平線近くにもやがないこと。天頂近くが澄み渡っていても、地平線近くだけ見通しが悪いことは少なくない。海からもやが立ち上っていることもあるのかもしれない。同じく地平線近くに雲があってももちろんダメ。自分のところが晴れていても、南側の遠くの雲がじゃまをしているのだからやっかいだ。
そんなわけで、たいてい冬型の気圧配置の強まる寒い日が条件的に良いのだが、そんな日はさっさと布団に入って寝てしまいたいので、なおさら機会は少なくなる。最後は自分の意志の問題かもしれないけれど。
夕方にカノープスが南中するのは2月から3月にかけてなのだが、宵の口だと廻りの家の灯りが明るく、また3月にもなると透明度が落ち、場合によっては黄砂まで飛んでくるので、12月から1月の深夜から未明にかけて南中する頃のが見やすかったりする。するとなおさら布団に入りたくなる時間帯……
それでも今シーズンはまだ一度もカノープスにお目にかかっていなかったので、夜中の1時過ぎに外に出てチャレンジ。南西低空に雲が出ていたが、影響はなく、双眼鏡で簡単に確認できた。明るさは4等級くらい。肉眼でも見えそうな明るさなのだが、ちょうど同じ方角に埋め立て地の水銀灯があり、まぶしくて確認できない。もっとも自分は近眼なので、目の良い人なら見えるのかもしれないけど。
昨冬、ものすごく風の強い寒い日に、地平線近くにギラギラ光る物体が見えて、飛行機にしては動きもしないし、なんだろうと思っていたら、それがカノープスだと気付いて驚いたことがある。いつも赤い姿しか見えないのだが、この時は白くきらめいていて、シリウスに次ぐ全天第2位の明るさそのまんまの姿だった。その後も何度か似たような条件の日に見てみたことがあるのだけど、あのギラギラとした白に少しだけクリーム色を混ぜたようなまばゆいばかりのカノープスには、一度もお目にかかれていない。さて今年はどうなのだろうか。
さよなら2001年 2001年12月29日
2001年も残すところあと3日を切ってしまった。この12月は本業が忙しくて、星見の方はとんとご無沙汰。毎日帰宅の際は空を眺めていたけれども。個人的に思い出に残るような天文関連の出来事を2つ3つ。
- 1〜3月 閉館前に何度も通った五島プラネタリウム
- 8月 自転車旅行の最中に見た木星食
- 11月 しし座流星雨(これは説明不要)
「人が亡くなったときに流れ星が飛ぶ」というのは、単なる言い伝えなのは分かっているのだけれども、ちょうどしし群の頃は、アメリカでのテロや、アフガンでの米英軍の報復攻撃の最中だっただけに、ちょっとだけ複雑な思いの部分があった。本当に素直に、流れ星を見て喜ぶことが出来る、そんな世の中であってほしいと思うし、そうあるようにしていかねばならないと思う。 「宇宙から見た夜の地球」という、人工衛星から見たCGのポスターがあって、それで見る日本は驚くくらいの街明かりに包まれている。隣国の韓国もそうで、北京や天津など、中国北部の街も明るい。東アジアでほとんど何もないほど真っ暗なのが朝鮮民主主義人民共和国。政治体制の評価は別にして、エネルギー事情が深刻なのは本当なのだと分かる。現在かしましいアフガニスタンももちろん真っ暗。そんな場所なら間違いなく満天の星空が望めるはずなのだけど、そんな趣味が成り立つ状況でないのは、今ではよく知られたとおりの話だ。
平和で、経済的に豊かな国に生きているから、望遠鏡や双眼鏡を使ったり、写真を撮ったりして楽しみ方の幅のある天文という趣味だけど、そんな国では望むことの出来ない星空が、経済苦境や戦火のただ中に置かれた国にあるというのは、皮肉でもなんでもなく、この世の中の現実だ。 こうして少しでもいろんなことを考え、自分の身に照らし合わせて振り返ることができる、そんなきっかけをつくってくれる仕事や趣味を持ち、またきっかけをつくってくれる知人、友人が公私を問わず身の回りにたくさんいることに感謝したいと思う。その先なにをするかは、自分の宿題だけど。
2002年、少しでも良い年になりますように。
そのために努力を尽くすことが出来ますように。
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