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しし座流星群2001


プロローグ

 最初は一人で見に行くつもりだったしし群。職場の車を借りて、その日の天気次第では日本海側の舞鶴から、淡路最南端の南淡町まで晴れ間を求めて走り回るつもりだった。
 職場の自称「天文部」で、e-mailや携帯メールに案内を流していたら、「何かやらないの」と何件か問い合わせが来てしまった。
 とはいえ、翌日は月曜で厳寒の11月の明け方である。ほんとに行くの? と再度メールを投げたら、それでも2人の物好きから返事が返ってきた。うち1人は用事があるので22時にならないと来られないという。仕方がないのでそれに合わせて予定を組み直す。夕方そいつと打ち合わせをしたら、どうやら彼女も連れてくるという。やばい、男だけだと思ってトイレのことは考えていなかった。しかも俺がそんな遠出するとは思っていなかったらしく、ピーク予想の2〜4時だけ空を見上げればよいものと思い、徹夜だとは考えてもみなかったらしい。恐れをなした彼は彼女と2名で別働隊となって神戸近辺で空を見上げることになった。

観測地探し

 天気予報は快方に向かっている。北上して西脇方面に向かうか、西行して西播磨へ向かうか、南下して淡路へ渡るか、思案のしどころだ。最初は相生の山奥の知人の農場を考えていたのだが、詳しく聞いたら視界がそれほど取れないらしく、計画変更。地図を見ていてその奥地に「播磨科学公園都市」を発見。放射光施設"Spring-8"のある場所で、2000年秋の天文科学館星の友の会の野外天体観測会のおりに立ち寄った場所だ。造成中のニュータウンで、都市とは名ばかりの広大な空き地が広がり、山奥だから街灯さえ避ければ星もきれいに違いない。知らない土地で深夜ウロウロするより一回でも行ったことのある場所の方が、よほど気分的に楽である。よし、とりあえずはそこを目指そう。
 自宅で荷物を積み込んで、11月18日22:30神戸発。
 寝袋やシート、カイロは職場のものを拝借したので、家から持ち出すのはカメラ一式など観測機材のみである。流星が流れ出すまでの退屈しのぎに望遠鏡も持っていく。MT-130Eをバラしておいたのだが、人数も少ないので軽くて持ち運びの楽なBORGアクロマート100mmにした。
 第二神明から加古川・姫路・太子龍野バイパスを西走。そして日付が変わった頃、播磨科学公園都市に到着。視界の良い場所を求めて山上にあるヘリポートを目指す。すでに10人ほどが集まっていて、時折流れはじめた火球クラスの流星に歓声を上げている。空の暗さは問題ないのだが、もっとも広い発着場は立入禁止。駐車場は周りの木々が視界をさえぎり、なによりすぐ脇の大きな管制塔がライトアップされているのが気にくわない。ここまで来て中途半端な我慢はしたくない。すぐに下山を決断。
 他に高台がないかと走り回るが、なにゆえ土地勘のないニュータウン。そのうち道が細くなり、トンネルをくぐってエリアの外へ出てしまった。とりあえず空を見上げると申し分ないほどの満天の星。ただし、ここも谷底で視界は狭い。ん〜と頭を痛めていると、道端に公園都市の案内図があり、よくよく見ると住宅地域のエリアがある。そうだ、こんな場所ならまだ家のない造成中の区域があるに違いない。きっと何もない平らな土地だ。行ってみよう。
 結果的にこれが当たりで、視界は広く、天の川も充分見える広大な空き地を発見。少し離れた街灯が目に入るが、寝転がってしまえば気にならない。一面の草だらけで夜露と湿気が心配だが、他の条件は悪くないのでここらで手を打つことにした。車を停めて機材を空き地に運び出す。このへんの路上にも何台か車が停まっていて、流星が空を横切るたびに歓声が上がっている。ここも10人くらいはいただろうか。近所の住民なのか、うちらのような物好きなのか、そこまでは定かでない。
 ついでにここで事件発生。観測地を探しまわっている間に携帯電話を落としてしまったのだ。ついてきた友人に電話をかけてもらっても、どこからも呼び出し音が聞こえない。やってもうた!! と思ったが、なにせ暗い中を観測適地を探してやみくもに走り回っていた途中の出来事だ。落とした場所は限られているのだが、捜索範囲は半径数km。今さら仕方がないので電波だけ切ってあきらめる。

とんでもないことに……

 11月19日、ちょうど1時にセッティング完了。1:05写真撮影開始。ピーク予想時刻から1時間以上早いのに、すでに1分間にいくつの割合で流星が飛んでいる。とりあえず5分間計数して13個。HR(一時間あたりの流星数)換算で150以上になる。そんなアホな!? 個人的にはHR200〜300も行けばいい方だと思っていたのだ。暇つぶし望遠鏡なんかの出番はない。友人に向かって「とんでもないことになっている」と叫んでしまった。
 少し間を開けながら、5分間ずつの流星数を計測。流星観測は素人だし、ついつい明るい流星に目がいってしまうから数はずいぶん控えめのはずだ。それでもHR換算200台、300台と、時を追う毎にどんどん数が増えていく。
 マイナス等級の流星など、見逃したらむちゃくちゃ悔しいはずなのに、ヒュンヒュン飛んでいるからすっかり慣れっこになってしまった。そのうち金星以上の明るさの特大の火球が飛んできて、緑色の流星痕が形を変えながら風にたなびくように夜空を漂っている。永続痕なんて初めてみたぞ。感慨にふけっているその間にも、流星が次々と飛来する。どうしたらよいのか分からなくなる一方で、多少のものを見逃しても大したことないという変な余裕も出来てくる。
しし座流星群の火球 火球の流星痕
しし座流星群の火球
右上の輝星はふたご座のポルックス
2001年11月19日01時55分〜02時00分(5分間露出)
左の火球の流星痕
肉眼では緑色に見えたが、写真には赤く写っている
11月19日02時00分〜02時05分(5分間露出)
共通データ:キャノンFX・NewFD50mmF1.4→2、フジスペリア800、播磨科学公園都市(兵庫県新宮町)にて撮影
 カメラのフィルムを巻き上げながら、ふとレンズを覗き込む。ゲッ、夜露まではいかないでもレンズが曇り始めているではないか。湿気の多さにさすがの桐灰カイロも力不足らしい。手帳や紙切れで扇いで風を送るが、どうにもならない。そのうち思い出して使い捨てカイロを2つほどとりだし、ガムテープでレンズの胴体に巻き付けてやった。なんともみっともない状態だが、これが効いて15分で露払い完了。2:23から撮影を再開する。
 緑色がかった流星がシュッと流れるのがしし群。最後に明るさを増し、爆発するものも多いからシュパッといった方が適切かも知れない。そんな中で違う方向からヒョロヒョロヒョロ〜と頼りなげに飛ぶ黄色い流星がおうし群。「お前もがんばっていたか」と、おもわず微笑みかけたくなってしまう。こんな流れ星の個性が分かるのも楽しいものだ。数を数えているときにやられると、つられてカウントを間違ってしまうのだけど。
 2:31、最初のピーク予想時刻。完全に1分間に何個飛んだという世界に入っている。1時間に何個飛んだ、が普通の流星群の観測なのだ。寒さ半分・驚き半分で体のふるえが止まらなくなる。人間ぜいたくなもので、ここまで来たらあの有名な1833年の木版画、天が落ちんばかりの流星嵐を見てみたくなる。でも、今でももう充分ではないか。思わず涙が浮かんでくる。
 2度目のピーク予想は3:19。3:15からの5分間では、「確実に」見えた流星だけで95個をカウント。もう明るい流星しか見てないし、見えたような気がする程度のものは数えていない。まして視野を外れた流星を考えたら……。HR換算で優に千の桁、ZHRとなったらいったいいくつのオーダーになるのか見当もつかない。お見事、アッシャー博士!!

見てしまった

 遠くを走る車のヘッドライトが空を照らす。こんな時にジャマな……と思ったが、考えてみると今までも車は何台も通り過ぎている。よくよくみると北西方向からものすごい濃霧が襲いかかってきて、それにヘッドライトが照り返されていたのだ。しまった! 湿気が多い場所だとは思っていたが、こんな大事な時間帯に!! ちょっと様子を見ているうちに、水平方向はすっかり乳白色となり、星が見えるのは天頂方向だけとなった。こんな時に更なるピークが来たらどうするのだ。焦りながら空を見上げるが、霧を通して見えるほどの明るい流星の数は、さして変わっていない様子。よし、一時撤収だ。ブルーシートや寝袋をまとめて片付けに取りかかる。暗い中での片付けは困難を極め、しかもこの霧で荷物はビシャビシャだ。残す荷物はカメラと三脚のみ、となったところで空を見ると、霧のやってきた北西方向の空が、こんどはきれいに晴れ上がっている。みるみるうちに晴天域がやってきて、あっと言う間に霧はどこかへ消し飛んでしまった。この間わずか10分ほど。空には相変わらずの流星雨。
 よほどカイロが効いているのか、あれほどの霧でレンズに曇りの一つもない。気を取り直して撮影再開。ブルーシートを敷き直して、再び寝転がる。流星数をカウントすると、一時より、若干減り始めたようだ。減り始めたといっても、それでも流星はヒュンヒュン飛びまくっているのだ。十数秒飛ばないと、間が空いたと感じるくらい、すっかり感覚がおかしくなっている。
 放射点から視界いっぱい3方向に同時に流星が飛ぶ。まるで天文学の教科書を見ているようだ。
 シャッターを切るため空から目を離している隙に、辺り一面がピカッと明るくなる。「フラッシュなんか誰がたいたんや!?」と思ったが、同時にウォーッと大きな歓声が上がる。実は特大の火球が飛んで、そこらじゅうが月光ならぬ「流星光」で照らされてしまったのだ。
 とんでもないものを次々に見てしまった。
しし群放射点付近 北斗を貫く流星たち
しし座流星群放射点付近
2001年11月19日03時48分〜05時55分(7分間露出)
北斗をつらぬく流星たち
2001年11月19日03時17分〜03時20分(3分間露出)
共通データ:キャノンFX・NewFD50mmF1.4→2、フジスペリア800、播磨科学公園都市(兵庫県新宮町)にて撮影

宴は朝焼けの中に

 しし座の高度も高くなってきたので、流星は次第に地面に突き立つような角度になる。天から光の矢が突き刺さってくるようにも見える。 4:40をまわった頃、再び濃霧が襲ってきた。まだ薄明までは間があるが、ピークは過ぎたし、写真も充分撮った(この時点では写っているかどうかは分からないけど)。よし、この辺で撤収しよう。
 一度目の濃霧で荷物をまとめていたので、片付けはあっと言う間だった。そしてここから一仕事。例の携帯電話の捜索である。落とした可能性のある場所は数ヶ所なのだが、土地勘のないニュータウン、一体それがどこだったのか見当がつかない。結局、観測地を落ち着ける端緒となった道端の案内図の脇に落としていたのだが、よくぞまぁ再発見できたものだと思う。
 神戸に向けてハンドルをさばく。あたりは真っ暗だが、車のフロントガラス越しに、地平線近くに流星が降るのが目に入る。車を運転しながら流れ星を見るなど、前代未聞の経験だ。
 途中のコンビニでカップラーメンをすする。空にはすっかり高度を上げたしし座。まだあちこちで大勢の人たちが同じ空を眺めているに違いない。
 薄明が始まっても、なお空には流星が飛んでいた。加古川バイパスを東に向かう車中、ラジオのNHKニュースが流星群の速報を報じる。北海道の足寄町で1時間当たり5,000個の流星が飛んだという。日本有史以来の大流星雨ではないか!! 今宵の出来事を思いながら、改めてとんでもないものを見てしまったのだと、実感がわく。
 東の空を染める朝焼けのなか、明けの明星が地平線に顔を出す。そして6:36、東南東の方角から太陽が昇り始めた。
 神戸帰着は7:00。仕事前に一眠りするが、夢から覚めたらどうしよう、思わずそんなことを考えてしまった。

2001.11.20 福田和昭 記(写真とも)


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