尼崎運河クルージング2005
Part I

 かつての「工都」尼崎の臨海地域をめぐるクルーズです。そんなもの観光案内には乗ってないぞと言う方、その通り。実は尼崎南部再生研究室(あまけん)というまちづくりのNPOが、企画している季節限定……というか日数限定の超レアなクルーズなのです。

 2005年5月15日。新緑まぶしい初夏の日曜日、勇躍いさんで、尼崎へと向かったのでした。

いざ出港

第1便(午前便)集合場所の築地船溜まり。 搭乗券もあります。裏面はルートマップ。

 集合場所に指定されたのは、尼崎築地の築地船溜まり。阪神尼崎駅から南に15分ほど歩いたところです。区画整理の進む住宅地の片隅で、とても客船の発着地とは思えません。

 作業着にヘルメット姿のスタッフが待ちかまえていて、搭乗券を頂きました。こちらはカラーでラミネート加工もしてある立派なもの。裏面は今回のクルーズのルートマップになっています。

乗船中。ライフジャケットつけてます。 豪華クルーザー。いざ出港。

 キャットウォークの先の乗り場に待ちかまえているのが、今回の豪華クルーザー……えっと、漁船です。乗客は全員ライフジャケット着用。救命胴衣なんて生まれてはじめてで、ちょっと気が引き締まります。なんだかすごいクルージングですが、こういう企画を見つけて参加する人たちですから、客の方も物好きに決まっています(失礼)。

 運行協力は尼崎漁業組合。海を愛する男たちが運河の旅の舵を取ります。全員の乗船が終わると、エンジンがうなりを上げて、船が桟橋を離れます。

 尼崎運河クルージング、いざ出港です!

 私の乗った船は松栄丸。このいかにも漁船らしい響きが旅情をそそります。ガイドを務めるのはあまけんスタッフの若狭さん。しゃべり口もなめらかな、産業遺産に心ときめく若者です。

可動橋・東高洲橋をくぐる

 出航した船は、東堀運河を南下します。ひたすら両岸に工場の並び立つ臨海地帯が続きます。

尼崎なのに「がんばろう!!神戸」。 空中T字路の中島新橋。

 尼崎なのに神戸を応援しているサイロや、なぜか空中でT字路になっている高架道を眺めながら、穏やかな流れに身をゆだねます。と、前方になにやら変わった形の橋が見えてまいりました。

なにやら変わった橋が見えてきました。 現役可動橋、東高洲橋です。
なんと運河用の信号機があります。 実は一日五回、決まった時刻しか開きません。

 なんと、現役の可動橋という東高洲橋です。可動橋というのは、運河に大きな船が来たときに、橋が動いて船を通す機構を持っている橋のこと。この橋の場合は、橋桁がクレーンで引っぱられて、パカッとオープンザブリッジ、となります。運河には船用の信号があり、道路には船のために自動車を止める踏切があります。

 可動橋は東京の勝どき橋が有名ですが、こちらは既に可動機構はストップしています。神戸の兵庫運河のJR和田岬船にも旋回式の可動橋がありますが、こちらも可動機構は引退。この東高洲橋は一日五回、規定の時間に船が来ると、ゴゴゴッと橋の開く、数少ない現役の可動橋なのです。

 ただし、私たちの船が着いたのは残念ながら時間外。もっとも橋が開かなくても下をくぐれる船ですので、みんなで息を潜めてゆっくり橋を通過します。

桁下注意!恐いっ!
ていうかみんなデジカメ構えていますし。
スリル満点の橋くぐり。

 息を潜めて、てのはウソです。みんな「オオオッ」と声上げていました。

旧左門殿川

 東高洲橋をくぐって先に進むと、東堀運河は突き当たってT字路になります。前方に横たわるは旧左門殿川。左門というのは、この川を開削した昔の尼崎の城主のことだそうです。

住友チタニウム工場。 兵庫県警水上警察。

 川の西岸には住友金属のチタニウム工場が広がっています。なんでも日本で最初にチタンの工業化に成功したのがここだとか。チタンフレームの眼鏡を使っている人は、ここに足を向けて寝てはいけません。

 川を下って、ぱっと視界が広がるところに、警察の監視艇が係留されていました。兵庫県警の水上警察だそうです。神戸の水上警察署と比べると、かわいいくらいに小さい規模です。

 ここからはいよいよ、外海へ向けてのクルーズとなります。

PartII へ続く>

(2005.5.15 福田和昭 記)