塩屋天体観測所|東経135度子午線を訪ねて
前のページへ戻る
東京都港区麻布台2丁目18番1。ロシア大使館の広大な敷地の裏手に、日本経緯度原点があります。大使館のまわりは警備ボックスが何ヶ所も設置され、警官輸送車が前の道路に止まっていたりして、かなり物々しい雰囲気なのですが、身に覚えのない人は安心して大使館の東の道を南に入って行きましょう。
看板が出ていますので、すぐに分かります。花崗岩の台座の中心に、下の写真の金属標がはめ込まれています。この十字の交点が、日本経緯度原点です。
東経139度44分28秒8869、北緯35度39分29秒1572。
2011年10月からの経緯度原点の経緯度ですが、とても半端な数字です。原点ならもう少し切りのいい数字で良さそうなものですが、秒の単位の小数点第4位までバラバラで、ちょっと覚えようのない値です。
国土地理院の地形図を作る際の経緯度は、ここが基準になっています。地図に引かれている東経135度の子午線も、かつてはここから三角測量を繰り返して測ったものだったということになります。
ここにはかつて、東京天文台(現:国立天文台)の「子午環」が置かれていました。
子午環は子午儀ともいいますが、天体望遠鏡の一種です。普通の望遠鏡と違うのは、方角が南北方向に正確に固定され、上下角は動かせるのですが、東西方向を見ることが出来ない点です。ちょっと不便なようですが、天体の子午線通過の時刻を調べるために特化した観測機器なのです。
「天文経緯度と測地経緯度」のページでお話ししましたように、天文経度はイギリスのグリニッジ天文台と観測地点の時差を測ることで計算できます。日本の経度の基準を決めるために、東京天文台の子午環が活躍したということになるのですが……実際はもっとあちこちで経度を求める観測が行われ、最終的にはこの子午環の中心位置の値に換算して、ここを経緯度原点としました。
1874(明治7)年、この麻布台に海軍観象台が置かれました。現在の天文台と気象台を併せたような施設です。のち天文は文部省に、気象は内務省に所管が移り、1888(明治21)年に内務省地理局天象台、東京帝国大学理科大学天象台と合併し、東京帝国大学付属東京天文台が置かれました。
この間、1882(明治15)年に内務省地理局が江戸城天守台で経度測定を実施して原点としましたが、のち1886(明治19)年に子午環中心点近傍のポイントでの観測結果が告示され、これに基づいて測量や地図作製が実施されました。
その後さらに詳しい観測が行われ、1918(大正7)年9月の文部省告示によって、東京天文台の子午環中心位置の経緯度が、
東経139度44分40秒5020、北緯35度39分17秒5148
とされました。実はこれが1886年に発表されたものと10秒405違っていたため、古い地形図では図郭の隅に記された経緯度に10秒4の数字を加減して使うことになりました。
東経135度子午線の通過する明石では、1910年に地形図に基づいて神戸地裁明石支部の前に子午線標識の石柱が立てられましたが、1918年の原点数値の修正で、標識の場所がずれてしまうことになりました。
これをきっかけに明石では独自の天文測量による経度観測が行われ、やがて天文科学館が建設されるに至るのですが、その経緯は「動く!? 子午線」のページで紹介してあります。
さて、この東京天文台も1923(大正12)年に転機を迎えました。きっかけは同年9月1日の関東大震災。この大地震で経緯度原点となっていた子午環も大破。観測機器に大きな被害を受けた天文台は、都内の空が明るくなってきたこともあり、郊外の三鷹へと移転したのです。この三鷹キャンパスは、現在も国立天文台のメインキャンパスとして活動しています。
また子午環跡は国土地理院が日本経緯度原点として引き継ぎ、現在に至っています。
経度 | 緯度 | |
---|---|---|
世界測地系(2011年) | 東経139度44分28秒8869 | 北緯35度39分29秒1572 |
世界測地系(2002年) | 東経139度44分28秒8759 | 北緯35度39分29秒1572 |
日本測地系(1918年) | 東経139度44分40秒5020 | 北緯35度39分17秒5148 |
冒頭に記した原点の経緯度と、1918年に告示された原点の経緯度が、少しずれていることにお気づきでしょうか。
ここまでお読みになられた方ならお気づきでしょうが、これは日本測地系から世界測地系への移行を反映したものです。現行の測量法では「地理学的経緯度は、世界測地系に従つて測定しなければならない」と定めていますので、原点の位置もこれに基づいて再設定されました。
その後、2011年の東日本大震災による地殻変動を受けた再測量が行われ同年10月に現在の経緯度に改定されています。
世界測地系は地球の重心を中心とした座標系ですから、法律上は日本経緯度原点が測量の原点となっていても、実質的には原点の座を世界測地系の地球重心に譲ったことになります。
日本経緯度原点は、「測量法」という法律と「測量法施行令」という法令で定められています。全部引用すると長いので、関連部分のみ抜粋して紹介します。
第一章 総則
(測量の基準)
第十一条 基本測量及び公共測量は、次に掲げる測量の基準に従つて行わなければならない。
三 測量の原点は、日本経緯度原点及び日本水準原点とする。ただし、離島の測量その他特別の事情がある場合において、国土地理院の長の承認を得たときは、この限りでない。
四 前号の日本経緯度原点及び日本水準原点の地点及び原点数値は、政令で定める。
(最終改正:平成二三年六月三日法律第六一号)
(日本経緯度原点及び日本水準原点)
第二条 法第十一条第一項第四号に規定する日本経緯度原点の地点及び原点数値は、次のとおりとする。
一 地点 東京都港区麻布台二丁目十八番一地内日本経緯度原点金属標の十字の交点
二 原点数値 次に掲げる値
イ 経度 東経百三十九度四十四分二十八秒八八六九
ロ 緯度 北緯三十五度三十九分二十九秒一五七二
ハ 原点方位角 三十二度二十分四十六秒二〇九(前号の地点において真北を基準として右回りに測定した茨城県つくば市北郷一番地内つくば超長基線電波干渉計観測点金属標の十字の交点の方位角)
(最終改正:平成二三年一〇月二一日政令第三二六号)
【参考資料】
「地図測量の200史跡」(旧:「全国地図測量史跡」全文紹介)
「測量法改正関連事項について」国土地理院ホームページ
(2002.3.10記/2017.2.12改訂)